大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和26年(行)15号 判決

原告 狩野蔵次郎

被告 静岡県知事

一、主  文

被告が昭和二十三年十一月二十四日伊東市岡竹の花二百四十九番の一田二反二畝二十五歩に付買収時期を昭和二十二年十二月二日としてなした買収処分の無効を確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対して昭和二十二年十二月二日原告所有の静岡県伊東市岡竹の花二百四十九番の一、田二反二畝二十五歩に付なした買収処分はこれを取消す、右請求が理由なしとすれば、右買収処分の無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として請求趣旨記載の土地は元原告所有地であつたのであるが被告は昭和二十三年十一月二十四日に買収の時期を昭和二十二年十二月二日として買収令書の交付に代る公告をなして買収処分をなしたものである。しかし右の買収処分には次の如き違法の点がある。即ち、

一、原告は昭和十二年当時より肩書住所に住い、正式に転籍手続を履行し且つ、伊東市在住の訴外山田茂三郎を本件土地の納税代理人として同訴外人の住所を伊東市に届出済であり、更に本件土地を含む一帯の土地につき伊東市をその申請人とし、伊東市助役をその組合長とする伊東市岡鎌田地区土地区画整理組合へもその住所を届出済であつて、原告の現住所は右山田を通ずれば容易に明瞭であるに拘らず、原告の元住所東京都杉並区荻窪三丁目百四十一番地に漫然買収令書を送達し返送されたのを奇貨として、右山田により原告の現住所を知る方法をとらず、直ちに昭和二十三年十一月二十四日に買収令書の交付ができないものとして交付に代る公告をなしたのは公告を有効ならしめる要件を欠いたものであつて、本件買収処分は違法である。

二、本件土地内には二ケ所に各一坪の温泉源地(同市岡竹の花二百四十九番の二、及び同番の三)を存しているに拘らずこれを含めて農地として買収するのは違法であつて、殊に鉱泉地は墳墓の如き移動は不能であり而もその地に於て引湯設備、動力揚湯設備、井戸浚渫工事設備を要するものであつて、仮りに温泉源地各一坪を本件買収地域より除外されているとしても、右温泉井は死滅せざるを得ないことは一見明瞭である。従つてこれを知り乍ら敢てなした本件買収処分は原告所有の鉱泉地に関する権利の侵害であり無効である。仮りに当然無効でないとしても、かゝる買収は裁量権の乱用或は著しい不当処分で取消を免れない。

三、更に本件土地については伊東市を申請人とする伊東市岡鎌田地区区画整理組合が昭和二十二年十二月一日設立許可があり、同組合の整理対象地となり、昭和二十五年十一月十四日静岡県都市計画審議会が現地視察の上審議の結果、即日都市計画法に基く区画整理施行を承認し、前記組合に伝達したもので自創法第五条四号の買収除外地である。

四、次に本件土地は現にその周囲殆どが宅地化され、夫々買収除外地又は売渡留保地となつており、道路、下水溝が縦横に構築せられ、自創法第五条五号の買収除外指定地である。仮りに右指定がないとしても近くその使用目的を変更することを相当とする土地である。

五、本件土地には小作人は存在しない。仮りに訴外原新一が小作人としても伊東市土地区画整理組合が本件土地の所在地一帯に亘つて行う区画整理計画を施行するに当つて、その小作権を換金すべく替費地として代償金交付方を申入れている以上、自創法の保護を受くべき小作人の資格を喪失しているものであつて、本件土地は小作地として扱うべからざる土地である。

以上の理由により本件買収処分は取消すべき又は無効たるべき瑕疵を有するものであるから、その取消又は無効の確認を求めるため本訴請求に及んだものであると述べた(立証省略)。

被告指定代理人は「原告の買収処分取消の請求はこれを却下する。買収処分無効確認の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との旨の判決を求め、答弁として本件土地が元原告所有のものであつたことは認めるが、本件土地については昭和二十二年十二月二日附を以て伊東地区農地委員会が買収計画を樹立し、昭和二十三年六月二十二日に右計画樹立時を買収の時期とした買収令書を東京都を経て原告住所宛発送したが、交付出来ないものとして被告に返戻されたので被告は同年十一月二十四日附静岡県公報にこれを登載して交付に代る公告をなしたものである。よつて原告の本件処分の取消を求める訴はその提起期間を徒過した違法のものであつて却下を免れないものである。

次に本件買収処分はその要件がないに拘らず公告を以つてなしたもので無効であると主張するが、前記の通り買収令書は被告より東京都を経て原告の住所とされていた杉並区荻窪三丁目百四十一番地に送られたのであるが、原告が同所に居らなかつた為住所不明として返戻されたのであるから交付出来ないものとして公告を以つてなした本件買収処分には何等違法はない。更に本件土地内に二ケ所の鉱泉地の存することは認めるが、本件買収処分は右二ケ所の鉱泉地の周囲各一坪づつは除外したものであつて何等裁量権の逸脱はない。本件土地は訴外原新一が小作して供出対象地とされている農地である。原告は本件土地について自創法第五条四号又は同条五号の指定地であり、仮りに指定がないとしても、近くその使用目的を変更することを相当とする土地であると主張するが、その点はいづれも争うと述べた(立証省略)。

三、理  由

静岡県伊東市岡竹の花二百四十九番の一、田二反二畝二十五歩が元原告の所有地であつたところ、右土地に付昭和二十三年十一月二十四日被告が買収時期を昭和二十二年十二月二日として買収令書の交付に代る公告をなし、以て買収処分をなしたことは両当事者の争わぬところである。

よつて先づ本件買収処分は無効であるとの原告の主張の当否について判断するに、証人山田茂三郎、同鈴木久作、同山本賢治の各証言検証の結果並びに本件弁論の全趣旨を彼此綜合して考察すると、本件土地は伊東市の中心街より西南方約二粁の地点にあり、県道伊東大仁線の東側に沿う略長方形の土地であつて本件買収計画の樹立された当時は未だその大半が耕地の形態をなしてはいたが、その西側にはすでに買収手続をなす以前より本件土地に接して南部より北部にかけて住宅が連り、東側には本件土地の一部にかけて別荘風住宅が造成せられ、元来三方が人家に囲繞せられた土地であつたこと、而して本件土地は所有者たる原告において温泉住宅地とする目的でつとに地内二個所に工費数万円を投じて温泉井を掘鑿し、既に伊東市温泉組合にもその登録をなしてあること、而して温泉井を活用する為にはその揚湯設備、井戸浚渫設備等の為少くても三十坪乃至五十坪の土地を必要とし、従つてかねて県農地委員会から伊東市農地委員会に対し源泉の存在する土地につき願出がある場合には出来るだけ温泉源の周辺五十坪乃至八十坪は残して買収するよう指示があつたこと、一方昭和二十二年十二月中伊東市観光都市計画遂行のため同市岡鎌田区画整理組合が設立せられるや本件土地附近一帯もその施行区域内に編入せられると共に、西南方より東北方に亘り幅員約四間余の道路及び之に交叉する幅員約三間の道路が新設せられ、また上下水道の設備も順次拡張せられて着々住宅地たる様相を具えるに至つたこと、然るに地元伊東地区農地委員会は以上諸般の事実を知悉しながら、本件土地耕作者原新一の買収申請に促されて本件温泉井の周囲僅かに一坪の土地を残したのみで他のすべてを農地と認定して、あえて買収計画を樹立するに至つた事実を夫々認めうべく右認定を左右するに足る何等の反証がない。果してそうならば右伊東地区農地委員会は本件土地が自創法第五条五号にいわゆる近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であること一見極めて明瞭であるに拘らずこの現実に目をおおい、あえて買収の挙に出でたるものであつて、ひつきよう法規裁量権の範囲を著しく逸脱せるものと認むるの外ないから、かゝる買収計画は重大なる瑕疵を包含し当然無効となるものと断ずべく、従つてかゝる無効の買収計画に立脚せる本件買収処分もまた当然無効なるものと言わざるを得ない。

然らば原告の本件請求はこの点において理由あるから他の争点に対する判断を省略し、正当として之を認容すべきものとし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する次第である。

(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 小河八十次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!